仙石浩明の日記

2006年6月14日

負けることを恐れるあまり、勝つことに価値を見いだせなくなってしまった人たち

『他の人に勝つ』ということに価値を見いださない人たち」に頂いたコメントから発展して、 /.j 方面でいろいろなコメントを頂いた。 いろんな考え方の人たちと議論することによって 考えが深まるので大変ありがたいことだ。 曰く:

この方は競争に勝つために勝てる分野を選んで それを好きになるという習慣を自分の中に構築して行った結果、 それがあまりにも固定化された「大前提」になってしまって、 そこに至るまでの「自分がなにをしたいのか」について ちゃんと考えることを止めてしまっているのではないかと思います。

どうやら昨今の事件によって「勝つ」という言葉の持つ負のイメージが 大きくなってしまっているようだ。 なにごとにも光と影の面がある。 勝つ人がいれば当然負ける人がいる。 負ける人のことに焦点をあてれば、 勝つことに価値が見いだせなくなるのは当然のことだろう。

では、「勝つ」という代わりに「人より『上手く』やる」と言い換えたらどうだろう? 例えば、「私は普通の人より効率的なコーディングができる」。 私よりコーディングの効率が劣る人は「負け組」だろうか?

もちろん違う。 単にコーディングに向いていないだけなのだ。 自身の適性を早く把握して、 自分に向いていることを見つけ出し、 それを好きになって取り組めば、 おそらくその分野では私より「上手く」やることができるようになるだろう。

「勝ち組」は一割以下だという。 ほとんどの人は「負け組」になってしまうから、 そもそも「勝ち負け」にこだわるのはよくないと、 まるで小学校の徒競走みたいなことを言う人がいる。

しかし、なぜ負けた人がその分野にこだわる必要があるのか? ある分野で負けても、他の分野で見返してやればいいではないか。 みんながそれぞれ自分に一番向いていることをすれば、 「勝ち組」の割合はずっとずっと増えるだろう。

これこそ、それぞれの人の多様な能力を伸ばすことをめざす 「ゆとり教育」の目標であったはずだ。 ところが現状は皆が自身の個性を無視して同じようなことを目指す。

徒競走でビリの子が出るのが問題なのではなく、 みんなを運動会に等しく駆り出すことが問題なのである。 勝ち負けをはっきりさせなければ誰が運動能力に優れ、 誰が向いていないのか曖昧になってしまう。

受験戦争が問題なのではなく、 大学で学ぶ意欲も能力もない子まで大学へ進学させようとするのが問題なのである。 大学で学ぶ意欲も能力もない子でも、 受験テクニックを無理矢理覚え込ませればテストの点は上がるかもしれないが、 そういった子たちが大学に入って何をするというのだろう。

お金儲けが問題なのではなく、 自身の適性を無視し、自分がやりたいことを見失って、 向いていない仕事を嫌々やっていることが問題なのである。 「プログラマ 35歳 定年説」に書いたように、 できるだけ早い段階で勝ち負けをはっきりさせ、 自分に向いていることを見つけるべきなのである。

Filed under: 技術者の成長 — hiroaki_sengoku @ 08:11

12件のコメント »

  1. 勝敗でなくて勝負

    しかし、負けがありえない勝負ほどつまらないものもまたないのだ。
    仙石浩明の日記: 負けることを恐れるあまり、勝つことに価値を見いだせなくなってしまった人たちしかし、なぜ負けた人がその分野にこだわる必要があるのか? ある分野で負けても、他の分野で見返してやれば…

    コメント by 404 Blog Not Found — 2006年6月14日 @ 16:47

  2. 結論を出すなら早いに越したことはない

    負けることを恐れるあまり、勝つことに価値を見いだせなくなってしまった人たちお金儲…

    コメント by 眠る開発屋blog — 2006年6月14日 @ 20:15

  3. 御指名ですので私が。
    貴ブログへの直接のコメントでなく、/.Jにおきまして間接のコメントをした失礼と無責任をお詫び申し上げます。
    本記事最後の文ですが、
    >お金儲けが問題なのではなく、自身の適性を無視し、自分がやりたいことを見失って、向いていない仕事を嫌々やっていることが問題なのである。
    には私は実は同じ意見を持っています。私は以下の文を同時にコメントしております。
    >好きなことをするに至る過程にこそ、人を行動に駆り出すモチベーションの源泉があって、そこを如何に仕事に結びつけることができるかで、やる気の伝わりかたが変わると思いますので、そこを前提を置かずにヒントを滲ませてほしい、参考にさせてほしいと思いました。

    コメント by Mimiteru — 2006年6月17日 @ 01:57

  4. 何をしても良いと言われたら、何をしますか?という採用面接でのメタな質問には、本人の志向が色濃く出ます。
    社会人として、自営でも侍業でも会社員でも、自分の生活を守るために勝ちにいくのは当然のことです。少なくとも企業においては、自分を曲げてまで勝ちにいくのは嫌だという方は、これから所属しようとする企業の存続・発展に対して無関心過ぎます。そんな人を採用することは無意味なことですし、そのようなモチベーションで業務にあたっていては当然ながら仕事など長続きしないでしょう。

    コメント by Mimiteru — 2006年6月17日 @ 01:59

  5. 先回の記事では、質問に対するお答えが
    好きなもの=勝つ
    だから私は勝つことをする
    と私には読めました。
    自分のやりたいことは何か?ということが答えられない人達に対して、仙石様ご自身の立場での解答をしめされたという事と思いますが、そこには勝つための分野選択をするためのモチベーションを高揚させるために必要だと考えられるメタな「自分のやりたいこと」に対する指摘が抜けていると思いました。仙石様のメタな観点からの分野「やりたいこと」選択への思想、私の知りたい点はここにありました。「自分のやりたいこと」は「勝つ」本当にそれだけなのですか?ということです。

    コメント by Mimiteru — 2006年6月17日 @ 02:00

  6. 「自身の適性を無視し、自分がやりたいことを見失って、向いていない仕事を嫌々やっていること」を避けるためには、自分がやりたいことに対して少なくとも目的の企業に入る前には気づいている事が必要です。それに対する答えが「勝つ」では、迷える仔羊たちに対するメッセージとしては不十分ではありませんか?
    勝つから好き、では逆に返すと勝てないから好きでない、と言うことになります。仙石様は、プログラマ兼システム管理者であるということですが、前職では大工をされていましたか?それとも漁業?3交替勤務で半導体装置のオペレーション?図書館の司書?
    業務も職種も世の中にはたくさんあります。やりたいことがわからない人は、本当にプログラマがやりたいのかさえも漠然とした意識を持たないのかもしれません。

    コメント by Mimiteru — 2006年6月17日 @ 02:01

  7. 私は「勝てる」分野選択の前に必要なものは、その職種、業種へのモチベーションだと考えています。「好きなことをするに至る過程にこそ、人を行動に駆り出すモチベーションの源泉があって、そこを如何に仕事に結びつけることができるか」ここへの自分の理解無くして、職務遂行能力の向上、引いては業務の成功、「勝つ」ということはあり得ない。そこを諭すことこそが彼らにとって有用であり、仙石様はご記事でその点への示唆がまるで抜けている。もしかしたら御本人も気づいていらっしゃらないのではないか、「好きなもの」=「勝つ」という「習慣」に覆い隠され、そこに至る思想がぬけているのではないかという指摘をさせていただいたつもりですが、本記事においてその点への問題提起がでてきておりますので、私から言うことはこれ以上はないかもしれません。

    コメント by Mimiteru — 2006年6月17日 @ 02:04

  8. 以上です。長くて済みません。読み辛ければ破棄してくださってかまいません。

    コメント by Mimiteru — 2006年6月17日 @ 02:05

  9. たくさんのコメントありがとうございます。
    自分がやりたいことが何であるか気づくにはどうしたらいいか、という「解答」が抜けている、というのはおっしゃるとおりです。
    ですが、このテーマはもともと、好きなことが特にない人がいるのはなぜだろう?という疑問に端を発しています。その原因を考察してみようという趣旨なので、「やりたいこと選択」の処方箋を求められましても…
    とはいえ ;)、原因をさぐるだけでなく、その解決策をさぐるというのも面白そうなテーマだと思いますので、次回はどうやって「好き、かつ勝てる」ことを見つけるかについて書いてみたいと思います。

    コメント by 仙石浩明 — 2006年6月17日 @ 13:08

  10. ちなみに、
    「好きなもの = 勝つ」ではなくて、
    「好きなもの = 勝つことができる分野」です。
    一見似ているようですが、意味はぜんぜん違うんじゃないかと思います。
    前者は勝つこと自体が嗜好の対象のように読めてしまいますが、
    後者は嗜好の対象はあくまで「分野」ですから…
    Mimiteru さんは「『自分のやりたいこと』は『勝つ』本当にそれだけなのですか?」とも書かれているので、どうやらこの辺に意見の食い違いの原因があるような気がしています。
    もし問いかけが 「『自分のやりたいこと』は『勝てること』本当にそれだけなのですか?」ならまだ理解できるのですが、前者の問いだと私が書いた内容からかけ離れているので答えようがないような…
    仮に後者の問いだとすると、答えは「もちろん違う」になります。どんな分野であれ最初から「勝てる」ことなどないと思うからです。

    コメント by 仙石浩明 — 2006年6月20日 @ 06:58

  11. 時間ができたら勉強したい、というのは禁句

    好きなこと = 他の人に勝てる分野
    「負けることを恐れるあまり、勝つことに価値を見いだせなくなってしまった人たち」に
    頂いたコメントを見ていて、
    あらためて日本語の難しさを痛感する (^^;)。
    「勝てることが好き」 と 「勝てるから好き」 と 「勝つこと….

    コメント by 仙石浩明の日記 — 2006年6月21日 @ 06:30

  12. 自分の個性や適性なんてのは変化するものだし、曖昧なものなんだからさぁー。そんなのは判断基準になりませんよ。要は好きか嫌いかでしょ?
    だいたいプログラマに向いている個性と適性って何? 定義できんわ

    コメント by すぐに適性適性って — 2007年5月6日 @ 17:17

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