仙石浩明の日記

2006年10月2日

2000年、ケータイJAVA がベンチャーと技術者を結び付けた

技術をウリにする会社は、その立ち上げメンバに三種類の人種が含まれていることが必須なのだと思います」と以前書いたのですが、 「人種」が異なる人が出会う事って、 実はかなり稀な現象なのではないかという気がしています。

先日、某大学へ遊びに行く機会があったのですが、 日頃ベンチャーの中ではあまり感じることがなかった 「人種の近さ」のようなシンパシーを 感じてしまいました。 そういえば、私の大学時代の友人には、 大学に残って学究の道を進み、 教授や助教授にまで上り詰めた人が少なくありません。 大学に残らず大企業の研究所などに就職した人もいるのですが、 いつのまにか ;-) 大学に戻っていたりします。

彼らの大半は、私なんぞよりはるかに頭がよく、 その能力をベンチャー発展のために使ってもらえたら、 日本のベンチャーはもっと活気付くのにと、 つい思ってしまうのですが、 彼らの興味がベンチャーに向くことが稀なのだから仕方ありません。

つまり、大学志向の人とベンチャーを興そうという人とでは、 興味の対象が異なるのです。 日本の大学でインターネットの研究が盛んだったのは '80年代の終わりごろです。 インターネット黎明期と呼ばれる頃ですね。 日本を代表するような大企業の研究所では、 当時からインターネットに注目していましたが、 ビジネス的にはまだ海のものとも山のものとも分からず、 ましてこれから起業しようとする人たちが興味を持つような 代物ではありませんでした。

1992年ごろにインターネットの商用利用がはじまりましたが、 インターネットでベンチャーを興してみようと思う人たちが現れたのは、 1994年ころからです。翌年 1995年はインターネット元年と呼ばれていますね。 ところが大学では、 1992年ころまでにインターネットは すっかり日常生活の一部となってしまっていました。 いまさらインターネットで何をするんだ、と思ってしまっていた人も 多かったのではないでしょうか。 今となっては先見の明の無さを恥じるばかりですが、 私自身 1992年ごろには、インターネットにはもはや技術的に新しいことは 何も残ってはいないと思っていました。

ところが、みなさんもご存じの通り、ベンチャーにとってインターネットは '90年代終わりになってからが本番で、 2000年のネットバブル崩壊をものともせず、 数多くのベンチャーが果敢に挑戦を続けています。

学問的に盛り上がってしばらくして下火になる頃から、 それがビジネスの種になりベンチャーが盛り上がる、 こういう順番になるのは当たり前と言えば当たり前すぎるのですが、 こうした時間のずれが、 学問の世界の人たちと ベンチャーの世界の人たちが 出会う機会を減らしているのでしょう。

そんな中、2001年に始まったケータイJAVA は、 学問志向の人とベンチャー志向の人が同時に関心を寄せた、 数少ない例外の一つだったのではないでしょうか。 当時私はベンチャーに対しては何の興味もなかったのですが、 ケータイでユーザプログラムを動かすことができれば、 何か面白そうなことができそうだと思っていました。 一方この年は、iモードの成功が誰の目にも明確になった年で、 ケータイJAVA は iモードの可能性をさらに広げてくれるものとして、 多くのベンチャーが大変な関心を寄せました。

そうして、ベンチャー志向の人と、大学志向の人との出会いが数多く生まれました。 あれから 6年たった今、 こうした出会いを産み出す共通の関心事には何があるでしょうか?

Filed under: 元CTO の日記,技術と経営 — hiroaki_sengoku @ 07:38

1件のコメント »

  1. ソフトウェア産業の究極の振興策

    IPA (情報処理推進機構) のかたとお話しした。
    優秀なソフトウェア技術者の成果をビジネスにつなげるための支援をするには、
    どうしたらいいかヒアリングしたいとのこと。
    ああ、この人もソフトウェアをモノと誤解している人なんだ。
    ソフトウェア以外の分野、…

    コメント by 仙石浩明の日記 — 2006年12月8日 @ 13:19

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