仙石浩明の日記

2010年4月2日

「無知の無知」への 3ステップ

KLab(株)は、 2007年から新卒採用を行っています。
今年も例年通り、4月1日に入社式を行いました。

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みなさん、入社おめでとうございます。 社長のお話が終わり、みなさんは挨拶が終わって、 緊張もほぐれてきたのではないかと思います。 ここからは各役員の挨拶なのですが、 なぜか私だけは挨拶だけでなく (長くならない範囲で ^^;) 話もしろということになったらしいので、 話を捻り出してみます。

「考えることが大事」ということは社長のお話にもありましたし、 みなさんも既によく知っていることだと思います。 ただ、 知っていることと実際に実行できることとの間には越えがたい壁があることも事実で、 分かっちゃいるけどついつい考えなくなってしまう、 あるいは考えているつもりが、 いつのまにか深く考えることがなくなってしまうものなのでしょう。 そもそも自分がどのくらい考えているかなんて、 なかなか意識するのは難しいですよね。

入社時にはみんな等しく、 これからは「考える習慣」を身につけよう、 と決意を新たにしたはずなのに、 3年で大きな差がついてしまうのが現実です。 考える習慣を身につけた人がどんどん成長するのに対し、 考えることを習慣化し損なった人は停滞したままなので、 その後も差は広がる一方。 10年 20年もたつととんでもない差になってしまいます。

なぜこんなにも差がついてしまうのでしょうか? ただやみくもに 「考えよう」 としても、 具体的に何をすればいいのかよく分かりませんよね? なので逆に何をしてはいけないかについて今日はお話ししたいと思います。 今日からみっちり 2ヶ月間、 新人研修でいろいろなことを学んでいくみなさんにとって、 「何をしてはいけないか」 を押えておくことはきっと役に立つと思います。

私は仕事柄、 面接をする機会が多いのですが、 お会いする人の中には考える習慣が全くない人もいます。 ご本人にはそういう自覚が全く無く、 人並みには考えていると思っているようなのですが、 私から見ると正に 「人生オワタ」 状態で、 なぜそうなってしまったのだろうかと考えているうちに、 ついついその人の身の上を根掘り葉掘り聞いて人生相談モードへ入ってしまうので、 そういうことを繰り返すうちに、 だんだん原因が見えてきたように感じています。

考える習慣を持たない人に共通する問題点として 「無知の知」 ならぬ 「無知の無知」 があります。 自分が分かってないことを分かってない、 自分の浅慮では到底及ばない領域があることが全く想像できない、 いわば 「井の中の蛙」 状態ですね。 「無知の無知」 状態になってしまうと、 今の自分の考え方で満足してしまい、 今の自分の枠を越えて考えてみようという発想がでてきません。 当然、 考える習慣もなくなってしまうわけです。 なぜこうなってしまうのか? 次の 3つのステップを経て 「無知の無知」 状態に至るケースが多いように思います:

  1. 後で調べればいいや
  2. 何が分からないのか分からない
  3. 分かったつもり

「質問する前に考えろ」 「それくらい Google 検索などを使って調べろ」 「ググれカス」 などと言われるようになったのはいつのころからでしょうか? 確かに何でもかんでも 「教えて君」 では困りますが、 「すぐ質問すること」 = 「悪いこと」 とする風潮はいかがなものかと思います。 こういう風潮が、 「聞くのは恥ずかしい」 「後で調べればいいや」 という意識を生んでいないでしょうか。

ちなみに私は全く正反対で、 「分からないと言える」 = 「カッコイイ」 と中学生の頃から思い込んでるので、 今でも堂々と 「分からない」 を連発しています。 もちろん、 「CTO がこんなことも知らないのか?」 と思われる (^^;) リスクも無いわけではないので、 TPO を考慮せざるを得ないこともあるのがちょっと残念です。

確かに本当に後で調べるのならまだいいのですが大抵は忘れてしまいます。 仮に忘れずに後で調べて言葉の意味を知ったとしても時間は遡れません。 その場で意味を聞いていれば相手と有益な議論を展開できたのかもしれないのに、 その機会は永久に失われてしまうわけです。

そして何より怖いのは、 知らない言葉が出てきても何とも思わなくなってしまうことです。 ふつう、 相手の話の中に意味が取りにくい言葉があれば気持ち悪く感じ、 なんとかその気持ち悪さを解消しようと思うものだと思うのですが、 「後で調べればいいや」 と思ってるとだんだんこの 「気持ち悪さ」 が無くなってきます。 この 「不感症」 が最初のステップです。

そして一つの話の中に知らない言葉がいくつも出てきても、 何とも思わない状態になると次のステップが見えてきます。 知らない言葉が複数出てくれば、 当然話全体が分からなくなるし、 そもそも話自体に興味が持てなくなります。 こうなってしまうと、 「何が分からないか分からない」 状態に陥ります。 いわゆる 「質問したくても何を質問したらいいのか分からない」 状態ですね。

質問しようとしない人に、 「もっと質問しようよ」 と言うと返ってくる言葉が、この 「何を質問すればいいのか分からない」 です。 話を興味を持って聞くということが無くなってしまっているために、 相手が話していない部分を聞き出そうという意欲が失われてしまっています。 もちろん、 人の興味は十人十色ですから、 ある話題に興味が持てないというのは普通でしょう。 問題なのは、 どんな話であっても興味が持てないことにあります。 しかも本人的にはそれが普通な状態なので、 他人の話を興味を持って聞くということがどんな体験だったのか、 もう覚えていなかったりします。 この 「無関心・無気力」 が第2 のステップとなります。

この第2 のステップの怖いところは自覚症状があまり無いことにあります。 自分は 「無気力」 ではない、 と思う人が大半だとは思いますが、 どんな話を聞いても、 質問したいことが思い浮かばないようだと 「第2 のステップ」 がかなり進行中であるわけで要注意です。 なんとか気付いて危機感を持って欲しいですし、 私はことある毎に 「質問しろ〜」 と口を酸っぱくして言ってるのですが、 長年染み付いた習慣というのはなかなか克服できないものなのかも知れません。

第2 のステップは 「分からない」 ということ自体は自覚できているのでまだ救いがあるのですが、 この症状が進むと第3 のステップである 「分かったつもり」 に至ります。 「分からない」 という意識さえあれば何かのきっかけで 「分かろうとする意欲」 が芽生えるかもしれないのですが、 分かっていないこと自体が分からなくなると、 その可能性すら無くなってしまうので末期的です。

何を聞いても 「分かったつもり」 になってしまって、 表面的な理解だけで満足するようになってしまうと、 自分の考え方と相手の考え方が異なっていてもそれに気付かない、 ということが起り得ます。 つまり相手の話を自分の思考の枠内だけで理解してしまうわけです。 まさに 「無知の無知」 です。

と、 いうわけで今日からの研修では決して疑問点を残さないよう、 積極的に質問してください。 また、 「分かった」 と思っても本当に理解しているのか、 今一度自分を疑ってみてください。

例えば、 半年前に内定式で渋滞の話をしました。 忘れてしまった人は私のブログを参照してください。 社会人経験がまだ無いみなさんには、 あの話を完全に理解することはなかなか難しいのではないかと思いますが、 「分からない」 という感覚を持っていますか? そして分からないとすればどこが分からないのか考え、 何を質問すれば自分の理解を深められるか是非考えてみてください。

まだまだ自分は 「分かっていない」 と自分を疑うことこそが、 考えを深めていくために必要なのだと思います。 KLab への入社が、 みなさんの人生において飛躍のきっかけとなることを期待します。

Filed under: 元CTO の日記,自己啓発 — hiroaki_sengoku @ 13:19

1件のコメント »

  1. 「無知の無知」に陥らないために知っておきたい3つのステップ

    「無知の知」という言葉があります。 これは哲学者ソクラテスの言葉で、「自分が無知であることを知っている人」は「自分が無知であることを知らない人」よりも賢いということです。逆に後者のことは「無知の無知」とでも呼ぶべきでしょうか。 ……僕としても非常に耳が痛い話ですが、「仙石…

    トラックバック by blogs.com — 2010年6月17日 @ 14:01

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