仙石浩明の日記

2009年2月25日

虫の記憶はさなぎでリセット ~ 変態する生物など、エピソード記憶を残さない方が生存に有利な場合もある

進化論を否定しようというのでなければ、 エピソード記憶や自我意識も、進化の過程で生まれたと考えるのが妥当だろう。 つまり、 エピソード記憶を持つ個体の方が、 過去の経験から学び、同じ失敗を避けようとする (例えば危険な目にあったモノから逃げる) ことによって生存確率を高めることができて、 自然淘汰を経ていくうちにその記憶する能力が強化されていく。

そして、 エピソード記憶を持つ個体の中に、 あるとき突然変異によって自我の芽生えのようなものが生じた。 「自分」という自我意識が強くなればなるほど、 自分という存在が「かけがえのない」ものに思えるようになり、 自己を大事に思うようになる。 すなわち「死への恐怖」が生まれる。

「死」を忌避する個体の生存確率が高まるのは自明であり、 自我意識はどんどん強固なものへ (死がどんどん怖ろしいものへ) と進化し、 ついには自己同一性概念 (アイデンティティ) を獲得するに至り、 自身が「自由意思」を持っていると認識したりする。

幼虫から蛹、そして成体に至る過程において、 大量に予定された細胞の死 (programmed cell deathと言います) が起こるのですが、 芋虫から蝶、あるいはカブトムシというような、身体の形だけでなく、 なんと「神経系」に至るまで再構成されると聞いているからです。?!?!
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成長の一ステップにおいて、 自分のこれまでの経験も何もかもが組み込まれた大きな系が再構成されるということで、
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この幼虫とこの成虫は同じアイデンティティを持つ個体と呼べるものなのか

変態によって生存戦略が大きく変わる (例えば、地面を這う個体と、飛べる個体とでは、天敵を回避する戦略は全く異なる) ことを考えれば、 変態前のエピソード記憶は、 害になることはあっても益にはなるまい。 つまり、 エピソード記憶を忘れることが、 生存確率の向上につながる。

進化の過程で変態を行なう生物が生まれたとき、 もしかすると最初の変態生物は神経系の再構成までは行なわなかったのかもしれない。 そして、 あるとき突然変移によって神経系までも再構成する個体が生まれた。

変態前のエピソード記憶を引きずる個体は、 過去の経験が邪魔をして命を落とすこともある一方で、 変態によって記憶をリセットした個体は、 なまじ経験がないぶん有利となる。

あるいは、 神経系の再構成を完全には行なわず、 一部の神経組織が残る場合でも、 変態前のエピソード記憶を積極的に消去する個体の方が、 生存確率を高めることができるだろう。

どちらの場合も、 幼虫と成虫が同じアイデンティティを持つことによるメリットよりも、 エピソード記憶を引きずらず、 したがって同じアイデンティティを持たない (持てない) ことによるメリットの方が、 大きいだろう。 変態生物が自我の強化を行なうのは難しそうである。

Filed under: その他 — hiroaki_sengoku @ 08:01

1 Comment »

  1. 変態のすすめ

    サドとか、 マゾとか、 フェチとか、 そういう変態性欲のことではないです。エピソード記憶というのがあって、どんなことかというと、人間は、 出来事を それが、 いつ、 どこで、 どんな順序で起きたかを記憶…

    Comment by 浦島雑誌 — 2009年2月26日 @ 10:22

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